なぜ「ダサかった服」が、また流行るのか
今年のトレンドはこれ。そう言われて、なんとなく同じような服を買う。気づけば街中が似たようなシルエットで溢れている。
一方で、20年以上前に「ダサい」とされたローライズや厚底ブーツが、いまY2Kファッションとして若者の間で流行っている。
私たちは自分の好みで服を選んでいるつもりだ。でも、本当にそうだろうか。ファッションの流行は、いったい誰が、何をもとに決めているのか。
実はこの素朴な疑問は、マーケティングのかなり本質的な話につながっている。
流行を説明する理論は、ひとつじゃない
流行はどう生まれ、どう広がるのか。この問いには、これまで多くの研究者がそれぞれの答えを出してきた。ざっくり並べるとこんな感じだ。
- トリクル理論:流行は上から下へ(ダウン)、下から上へ(アップ)、同じ階層の中で横へ(クロス)と広がっていく。
- ヴェブレンの顕示的消費:人は富や地位を見せびらかすために服を選ぶ。
- レイヴァーの法則:服の評価は年数とともに変わる。流行から10年後は「醜い」、20年後は「滑稽」、30年後は「面白い」。20年以上を経て戻ってきたY2Kは、ちょうど「滑稽」から「面白い」へ移る時期にいる。
- シミュラークル:服は実態から切り離された「記号」として消費される(ボードリヤール)。
どれも流行の一面をうまく切り取っている。ただ、今回紹介したいのは、これらとは少し違う視点だ。大学時代、ラグジュアリーブランディング論の教授から聞いた話。
「流行は、時代の空気から生まれる」
ツァイトガイスト=時代の空気
この「時代の空気」を表す言葉が、ツァイトガイスト(Zeitgeist)だ。
ドイツ語で「時代精神」。Zeitが「時代」で、Geistが「精神」だ。
ここで大事なのは、これが単なる一過性のトレンドを表す言葉ではないということだ。戦争、フェミニズム、パンデミック、環境問題、そしてAI。ツァイトガイストとは、その時代に生きる人すべての価値観や空気を形づくる、もっと大きな流れのことだ。
服の流行は、この大きな流れが表面に現れたものにすぎない。
示し合わせていないのに、なぜ揃うのか
実は、社会学にもこれにかなり近い考え方がある。アメリカの社会学者ハーバート・ブルーマーが1969年に唱えた「集合的選択」だ。
デザイナーもバイヤーも、同じ時代の空気を吸って暮らしている。同じニュースを見て、同じ不安や期待を抱えている。だから誰かが指揮しなくても、似た方向の服を作り、似た服を仕入れてしまう。
そして私たち消費者は、そうやって店頭に並んだ服の中から、「自分で選んだ」つもりで手に取る。冒頭の「なんとなく同じような服を買う」の正体は、たぶんこれだ。
「それって、結果を見てから理由をつけているだけでは?」と思った人もいるかもしれない。でも、時代の空気を読む仕事は実在する。
WGSNに代表されるトレンド予測会社は、社会や経済、テクノロジーの動きを分析し、2年ほど先の色や素材、シルエットを予測してブランドに売っている。流行の裏側には、空気を先回りして読む人たちが本当にいる。ただし、彼らも流行を決めているわけではない。同じ空気を、誰よりも早く読んでいるだけだ。
(もちろん、デザイナーの提案が全部当たるわけじゃないし、SNSやストリートから生まれる流行もある。だからこれが唯一の正解というより、流行の「根っこ」を見るための見方のひとつくらいに思ってほしい。)
数ある理論の中で、自分がこの話を一番気に入っている理由はシンプルだ。服の向こうに、時代の物語が見えるから。 実際にいくつかの時代を振り返ってみよう。
服は、時代をどう映してきたか
1940年代:戦争が終わると、スカートが長くなる
第二次世界大戦中、各国で布地は配給制になった。アメリカやイギリスでは服に使える生地の量まで規制され、スカートは短く細く、プリーツや折り返しも削られた。
ところが戦争が終わった1947年、クリスチャン・ディオールが発表した「ニュールック」は、まるで逆だった。きゅっと絞ったウエストに、大量の生地を使ったたっぷりのロングスカート。「まだ物資が足りないのに贅沢すぎる」と批判されながらも、爆発的に流行した。
人々が欲しかったのは、たぶんスカートじゃない。「もう我慢しなくていい」という解放感だ。
1980年代:肩を張って、職場へ
80年代は、肩パッドの入ったジャケット、いわゆる「パワースーツ」の時代だった。
男性中心だった職場に、女性が次々と進出していった時期だ。肩を張った力強いシルエットは、「男性と対等に渡り合う」という意思表示でもあった。服が、そのまま時代のスローガンになっていたわけだ。
2010年代:見せるための服から、自分のための服へ
2010年代半ば、体のラインを拾わないビッグシルエットが一気に広がった。身に覚えがある人も多いはずだ。
同じ頃、世の中では別の流れが大きくなっていた。SNSを起点にした第四波フェミニズム。ありのままの体を肯定するボディポジティブ。性別にとらわれないジェンダーレス。
誰かに見せるために体を強調するのではなく、自分が心地よくいるために着る。快適さ志向やストリートファッションの広がりも重なって、ビッグシルエットはそんな時代の空気と共鳴した。ゆったりした服は、「他人の目に合わせない」という宣言でもあったのだ。
2020年代:不安とノスタルジー
そして今。冒頭のY2Kだ。
当時をリアルタイムで知らないZ世代にとって、Y2Kは「懐かしい」ではなく「新しい」。同じ服なのに、親世代とはまるで違う意味で着られている。そしてその裏には、パンデミックを経て先行きの見えない今から、未来がまだ明るく見えていた2000年前後への憧れも透けて見える。
一方で、ロゴも装飾も抑えた上質な服を好む「クワイエット・ラグジュアリー」も注目された。物価が上がり、格差が意識される時代に、あからさまな見せびらかしはどこか気恥ずかしいものになったのかもしれない。
こうして並べてみると、ひとつのことが見えてくる。同じスカートも、同じシルエットも、時代が変わればまったく違う意味を持つ。 服は、時代の空気を形にしたものなのだ。
これは、マーケティングそのものの話だ
ここまで服の話をしてきたが、勘のいい読者はもう気づいているはずだ。これは服に限った話じゃない。
強いブランドは、時代の問いに答えている
ブランド研究者のダグラス・ホルトは、「カルチュラル・ブランディング」という考え方を提唱した。要約するとこうだ。
時代を代表するような強いブランドは、機能や品質だけで選ばれているのではない。その時代の人々が抱える不安や矛盾に応える「物語」を差し出しているからこそ、選ばれる。
ここまで服で見てきたことと、まったく同じ構造だ。
有名な例がある。 2011年のブラックフライデー、アウトドアブランドのパタゴニアは新聞に「このジャケットを買わないで」という広告を出した。服を売る会社が、買うなと言う。普通に考えれば自殺行為だ。
でも、環境問題が時代の大きな流れになりつつあった中で、このメッセージは「大量消費への後ろめたさ」という消費者の矛盾に、まっすぐ答えていた。パタゴニアが売っていたのはジャケットではなく、「買っても罪悪感を抱かなくていい物語」だったのだ。
日本にもわかりやすい例がある。1980年に西友のプライベートブランドとして生まれた無印良品だ。華美なモノや過剰な包装があふれる時代に、「わけあって、安い。」を掲げ、素材の選択・工程の点検・包装の簡略化という「安い理由」をそのまま売りにした。ロゴで価値を飾り立てる時代への違和感に、「しるしの無い良い品」という物語で答えたのだ。
人は、物語に財布を開く
自分がこの考え方に惹かれたのは、服の向こうに物語が見えたからだった。考えてみれば、消費者も同じだ。私たちは商品のスペックではなく、その向こうにある物語に惹かれて財布を開いている。
だとすれば、マーケターが考えるべきなのは「この商品は他社より優れているか」だけじゃない。「今この時代に、なぜこれなのか」に答えられるかどうかだ。
機能や価格で選ばれているうちは、もっと安い競合が出た瞬間に乗り換えられる。でも時代の空気に答える物語を持った商品は、簡単には手放されない。
ニュールックも、パワースーツも、ビッグシルエットも。最初にそれを形にした誰かがいたから、私たちはそれを「いい」と思えた。流行を追いかけるのではなく、流行の根っこにある空気を読む。それが、強いブランドとそうでないブランドを分けている。
空気は、3つの層で読む
「空気を読め」と言われても漠然としている。そこで、ここまでの事例を3つの層に分けて並べてみる。
1940年代
2010年代
2011年・パタゴニア
大きな流れ
戦争と物資不足
第四波フェミニズム
環境問題
不安・矛盾
我慢への疲れ
他人の目への疲れ
消費への後ろめたさ
答える商品
ニュールック
ビッグシルエット
「このジャケットを買わないで」広告
流行もヒット商品も、いきなり生まれるわけではない。大きな流れがあり、そこから人々の不安や矛盾が生まれ、それに答えたものが売れる。流行やヒット商品を見かけたら、この3層を下から上へたどってみてほしい。「これは、どんな不安に答えているのか。その不安は、どんな大きな流れから来ているのか」。これを繰り返すだけで、空気を読む目はかなり鍛えられる。
これを自社の商品に当てはめるなら、まずは次の3つを自問してみてほしい。
- その商品は、いまの時代のどんな不安や矛盾に答えているか
- その不安や矛盾は、5年後も残っているか
- 競合が同じ機能を出しても、選ばれ続ける理由を語れるか
まとめ
私たちは、自分の好みで服を選んでいるつもりだ。でもその「好み」は、時代の大きな流れの中で、知らず知らずのうちに形づくられている。Y2Kが戻ってきたのも、服が変わったからではなく、時代が変わったからだ。
あなたの服を選んだのは、あなたじゃない。時代の空気と、それを読んだ誰かだ。
裏を返せば、選ばされる側にいる私たちは、選ばせる側に回ることもできる。時代の空気を誰よりも早く読み、形にする。マーケターの仕事とは、その“誰か”になることだ。







