「いい人から辞めていく」は、気のせいではない
「最近、いい人から辞めていく気がする」
一度でもそう感じたことがあるなら、その直感は正しい。気のせいでも、運が悪かったわけでもない。ある条件が揃った組織では、優秀な人から順に抜けていくことが、構造的に起きる。根性論でも巡り合わせでもなく、これは経済学のレンズできれいに説明がつく現象だ。
先に断っておくと、これは「腐敗」といっても、悪意ある誰かが私腹を肥やす類の話ではない。むしろ逆だ。全員が善意で、それぞれ合理的に振る舞っているのに、組織は勝手に腐っていく。 犯人がいないからこそ、誰にも止められない。その不気味さこそが、この話の本題だ。
しかも厄介なことに、この現象はゆっくり進む。気づいたときには、もう手の打ちようがない。なぜそうなるのか。1970年にノーベル経済学賞の対象になった、ある古い理論から話を始めたい。
中古車市場は、なぜ壊れるのか
ジョージ・アカロフが論じたのは、中古車市場の話だ。
中古車を売る人は、その車の本当の状態を知っている。一方で買う人は、外から眺めても本当の品質がわからない。エンジンの調子も、事故歴も、隠れた不具合も、売り手だけが知っていて買い手は知らない。この「売り手と買い手が持つ情報の差」を、情報の非対称性という。
この非対称性が、市場に何を起こすか。買い手は良し悪しを見分けられないから、「平均的な品質」を想定した値段しか出せない。すると何が起きるか。良質な車を持っている売り手は、その値段では割に合わず、市場から引き上げてしまう。 残るのは、その値段でも手放したい――つまり質の低い車ばかりになる。アメリカの俗語で質の悪い中古車を「レモン」と呼ぶことから、これはレモン市場と名づけられた。
良いものから先に抜けて、悪いものだけが残る。情報の非対称性は、市場そのものを内側から腐らせる。これがアカロフの発見だった。
組織は、巨大な中古車市場である
ここで視点を会社に移すと、背筋が少し寒くなる。
社員の「本当の価値」は、中古車のエンジンと同じで、外からは見えにくい。地道に難しい問題を解いている人の貢献は、目に見える形になりにくい。一方で、会議で一番大きな声を出す人、長時間オフィスに残っている人、上司の隣に座っている人――こうした観測しやすいシグナルは、誰の目にもわかる。
組織は、つい後者を報酬してしまう。見えない中身ではなく、見える代理指標に給料と昇進を割り当てる。在席時間、声の大きさ、社歴、上との距離。いわゆるルッキズム(見た目による評価)も、この「間違ったシグナルへの報酬」の一例にすぎない。
そして間違った指標を報酬しはじめた瞬間、組織はアカロフの中古車市場とまったく同じ機械に変わる。見える品質と見えない品質が取り違えられ、本当に価値ある貢献ほど、値段がつかないまま放置されていく。
なぜ、よりによって"優秀な人"からなのか
ここが核心だ。組織が傾くとき、なぜ平均的な人ではなく、優秀な人から抜けていくのか。理由は3つあり、そのどれもが、同じ人に重なる。
ひとつは、機会費用。 優秀な人ほど、外に良い選択肢がある。声をかけてくる会社も、選べる仕事も多い。つまり、辞めるコストが一番低いのが、一番優秀な人なのだ。逆に、外で通用しにくい人ほど、今の場所にしがみつくしかない。出ていけるのは、出ていく当てがある人だけ。
この点は、離職研究のデータとも符合する。Maertzらの研究(2023)は、高業績者は「より良い機会に近づこうとして(approach型)」辞め、低業績者は「不快な状況から逃れようとして(avoidance型)」辞める傾向があると報告している。優秀な人は、嫌で逃げ出すのではない。より良い場所に引かれて出ていくのだ。これはまさに機会費用の物語だ。
もうひとつは、不公正感。 中身で勝っているのにシグナルで負ける人は、定義からして「過小評価される側」にいる。自分の働きが正当に報われていないと、誰よりも強く体感する側でもある。理不尽を一番濃く味わうのが、一番優秀な人だ。
そして3つ目が、貢献の非対称な負担だ。 優秀な人ほど、見返りの薄い「全体のための仕事」を背負わされる。後輩の指導、誰もやりたがらない部署間の調整、放置されたドキュメントの整備、突発的な火消し。これらはいわば組織の公共財――みんなが恩恵を受けるのに、やった本人は報われにくい仕事だ。ゲーム理論にいう公共財ゲームの帰結は残酷で、各人が「自分は手を抜いて、他人の貢献にただ乗りしたい」と考えるため、協力を続けた人から先に疲弊して降りていく。優秀な人は、過小評価される側であると同時に、最も多くを差し出している側でもある。報われない貢献を一番多く抱えた人が、一番すり減る。
この3つが同じ人物に同時に降りかかる。だから、優秀な人から順に抜けていく。
さらに言えば、ここには先読みのゲームが働いている。優秀な人は、他の優秀な人が辞めていく気配を敏感に察知する。「どうせここでは正しく評価されない」「あの人も抜けるなら、自分が一番いいタイミングで動こう」――銀行の取り付け騒ぎが「みんなが引き出す前に引き出したい」で加速するのと同じ構造だ。誰かが抜けるたびに、次の誰かの計算が変わる。だから、ただ抜けるのではなく、雪崩のように抜けていく。
死海効果――水分から先に蒸発する
この雪崩には、しゃれた名前がついている。死海効果(Dead Sea effect)だ。
死海の塩分濃度が異常に高いのは、流れ込んだ水のうち、蒸発しやすい真水の部分から先に空へ消えていくからだ。後には、蒸発できない塩分だけが濃く濃く残っていく。組織でこれと同じことが起きる。流動性の高い優秀層(=真水)から先に蒸発し、外に出にくい層(=塩)だけが残って、濃度が上がっていく。「最近うちの会社、なんだか空気が濃くなった気がする」――その違和感の正体がこれだ。
しかもこの蒸発は、加速する性質を持つ。HR領域の研究では、高業績者が1人辞めると、同じネットワークにいる他の優秀な人も辞めやすくなる「乗数効果(multiplier effect)」が観察されている。1人の離脱が「ここにいる人間に未来はない」というシグナルになり、次の離脱を呼ぶ。さきほどの取り付け騒ぎが、データの上でも裏づけられているわけだ。
ちなみに、ある調査会社のデータでは、高業績者が低業績者より多く辞める組織では「マネジメントの質の低さ」が離職理由に挙がる確率がほぼ2倍だったという。優秀な人が逃げ出すかどうかは、その組織の評価設計が正しく機能しているかを測る、一種のリトマス試験紙なのだ。
いちばん残酷な結論――直せる人から去る
ここまでで話は十分に重いが、最後にもう一段、底が抜ける。経済学者アルバート・ハーシュマンの『離脱・発言・忠誠』だ。
不満を抱えた人間に、選択肢は2つしかない、とハーシュマンは言う。ひとつは離脱(exit)――黙って出ていくこと。もうひとつは発言(voice)――留まって、声を上げて組織を直そうとすること。
問題はここだ。発言によって組織を立て直せるだけの力を持つ人ほど、離脱という選択肢も持っている。 能力があり、外に行き先があり、状況を変えられる人。その人こそが、最も簡単に出ていける。
つまり、組織を修復できたはずの人間から順に、修復をあきらめて去っていく。残るのは、声を上げる力も、出ていく当てもない人たち。組織は、自分自身を治す能力を、優秀な人と一緒に失っていく。これが「気づいたときには手遅れ」の、冷たい数学的な理由だ。
これは、あなたが毎日やっているマーケティングと同じ話だ
ここまで組織の話をしてきたが、勘の良い読者はもう気づいているはずだ。これは消費者市場で起きていることと、まったく同じ構造だ。
情報の非対称性があるところには、必ず証明装置が要る。買い手が品質を見抜けない市場では、レビューが、第三者認証が、保証が、ブランドが、その「見えない品質」を「見えるシグナル」に翻訳する役割を果たす。証明装置のない市場は、レモン市場として崩壊する。私たちマーケターが日々やっているのは、まさにこの翻訳作業だ。
組織の問題も、本質はこれと寸分違わない。優秀な人が辞めるのを止めたいなら、答えは「いい人を引き止める」ことではない。中身という見えない品質を、観測可能なシグナルに翻訳する仕組みを作ることだ。何が本当に評価されるべきかを定義し直し、それが見えるように設計する。採用も、評価も、その本質は商品マーケティングと同じ「シグナル設計」の問題なのだ。
優秀な人が辞めない組織は、確かに存在する。その差を分けているのは、社員の運でも気合いでもなく、シグナルの設計思想だ。
最後に、ひとつ補足を。
ここで描いたレモン市場のモデルは、現象を読み解くための強力なメタファーであって、すべての離職がこの一本の理屈で説明できるわけではない。「優秀な人は必ず先に辞める」という無条件の法則があるわけでもない。あくまで、評価が歪み、機会費用が高い――その条件が揃ったとき、優秀な人から選択的に抜けていく傾向が、データと理論の両面から確認できる、という話だ。経済学のレンズは万能ではないが、ぼんやりした違和感に輪郭を与えてくれる。
そして今回扱ったのは、「上が"間違ったもの"を評価する」ことで組織が傾くルートだった。だが、組織が静かに腐っていく道はもう一本ある。"下のダメな振る舞い"を放置することで、まともな人から消耗していくパターン――いわば、組織の割れ窓理論だ。これはまた、別の機会に。







