「裏側にある事実を知りたい」という報道への憧れが、キャリアの原点になった
――ファーストキャリアはテレビ番組の制作会社だったそうですね。そもそもなぜ、メディアの世界を目指したのでしょうか?
山田: 背景をお話しするために、まずは学生時代まで遡らせてください。僕は中学生くらいの頃から「報道」の仕事に就きたかったんです。その根底にあったのは、報道をテーマにしたテレビドラマの影響もありつつ、何よりも「裏側にある事実と、その理由が知りたい」という気持ちが強くありました。
そんな探究心に突き動かされるように地元・福岡を離れ、メディア学を専攻できる大学へ進学。入学時のガイダンスで、准教授の方が「テレビ局での番組制作のアルバイトがあるので、もし興味がある人がいたら声をかけてください」とアナウンスしているのを聞いて、すぐさま応募しました。そこから4年間、テレビ局のスポーツニュース制作の現場にのめり込みました。
就職活動では大手のマスコミをメインに受けていたのですが、どこも倍率が凄まじくて。そんな競争の激しさを目の当たりにして、今の自分に何ができるかを考えた結果、4年間慣れ親しんだ現場に近い環境で経験を積もうと決めました。当時のアルバイト先と環境が近いテレビ制作会社に応募し、フロアディレクターとして入社。新卒は自分一人しかいないという状況で、大きな裁量を持って働いていました。
――テレビの仕事に打ち込む中、次のキャリアを考えるきっかけはなんでしたか?
山田: フロアディレクターの仕事は非常に刺激的で、毎日が勉強でした。ただ、3年目を迎える頃、僕の中で少しずつ葛藤が生まれました。本当にやりたかったのは、報道の現場へ自ら足を運んで取材し、自らの手でコンテンツを作ることだったはずだ、と。
もともと大学時代にバンド活動をしていたとき、自分たちでホームページを自作していた経験がありました。昔からインターネットという媒体に馴染みがあったからこそ、表現の自由に強く惹かれてWeb制作会社へ飛び込みました。今思うと、これが僕のキャリアにおける一つ目の寄り道でしたね。
Webディレクターとしての実務とブログ運営での試行錯誤が大きな転機に
――Web制作会社へ移られてからは、具体的にどんな経験を積まれたのでしょうか?
山田: キャリアチェンジ後は、2社のWeb制作会社でWebディレクターを務めました。2社目では、25歳にして10歳以上年上の先輩方と同等の役割を任せていただけるようになり、チームのマネジメントも担当していました。例えば、担当案件以外にも、Googleアナリティクスを使ってチャネル分析などを自発的に行い、さらなる改善に向けた提案を自分から積極的に行いました。そうした積み重ねを経て、徐々に目に見える成果を出せるようになったと思います。
一方で、「Webディレクターとしての職務以外も経験したい」「自分の力だけでどこまで通用できるのかを試してみたい」という想いが次第に強く湧き上がってきました。その挑戦の第一歩として挑戦したのが、個人的なブログ運営でした。
山田:思いがけず、この挑戦が僕の人生を決定的に変えました。初めての収益が入った瞬間、今までに味わったことのないような高揚感がありました。そこからはもう、寝る間も惜しんでサイトの機能改善に取り組みました。どうすればもっと使いやすくなるか、システムはどう構築されているのか。CMSの仕様、HTMLやPHPの書き方や実装方法、Googleアナリティクスの詳細な分析手法など、Webマーケティングの根幹に関わる知識を貪欲に吸収していきました。
ある時、気づいたんですよ。自分自身の興味からくる内発的な動機がちゃんと付けば、人はこれほどまでに推進力高く物事に取り組めるんだと。試行錯誤を重ねた実体験こそが、結果として僕の「How(手法)」の引き出しを劇的に広げてくれました。
――ブログ運営を通じて大きな手応えを得たことで、次のキャリアに対する考え方に変化はありましたか?
山田: 僕の心の中には、常に「プロ野球選手になりたい」という感覚がありました。もちろん、実際に野球選手を目指していたわけではなく、実力主義の側面を指しています。成果を出した分だけ正当に評価され、それが報酬として反映される。これこそが、自分が望んでいる在り方だと思いました。
そんな僕の頭には「独立」という選択肢もありましたが、最も高度なマーケティングの支援現場を経験し、そこで通用する確かな実力をつけてからにしようと考えました。そんな折に良いご縁をいただき、電通に入社することになりました。
最初は大手通信キャリアの担当として営業職で入社し、そこからブランディングや集客など幅広い領域を経験させてもらいました。そうして多角的な視点を養う中で、通信領域の別ブランドの担当となり、デジタル領域を一手に任されるようになりました。仕事がスムーズに回り始め、成果が形になっていく過程が純粋に楽しかったですね。ここで確かな経験と実績を積んだ後、独立して個人事業主となり、2020年にYOAKEを設立しました。
今のビジネス思考の土台は、制作現場で培った疑う力
――これまでの様々な経験をされた山田さんですが、現在のYOAKEでの仕事や、山田さんの強みにどう活きていると感じますか?
山田: 一番象徴的なのはテレビ番組のフロアディレクター時代に培った「疑う力」ですかね。当時、朝のニュース番組を担当していたのですが、前日に準備されたVTRの内容をそのまま信じるのではなく、「どこかズレなどの間違いがあるかもしれない」という前提で整合性を確認していました。
この経験を通じて身についたのは、ただ疑うというより、物事を表面のままで受け取らずに、その背景や構造まで見にいく姿勢です。もしも違和感があれば立ち止まって、ファクトをもとに確かめていく。これは今の仕事でも、自分の考え方のベースになっています。
例えば、僕がよく通っている立ち飲み屋でも、それを感じることがあります。店主や他のお客さんと話していると、まったく別の業界の話のようでいて、少し引いて見れば、ビジネスと同じ構造が見えてくるんです。
そのお店には新規のお客さんも来ますが、大半は常連さんです。表面的には「にぎわっている店」に見えても、実際に支えているのは継続的に通ってくれるお客さんとの関係性なんですよね。そう考えると、ビジネスでも本当に重要なのは、一度きりの接点を増やすこと以上に、長く任せてもらえる関係をどう築くかだと思います。YOAKEの仕事に置き換えても、運用を継続して任せていただくことや、クロスセル・アップセルにつながる信頼関係をどう育てるかは非常に重要です。そうした本質を考えるうえでも、「表面だけで判断せず、構造を見る」という姿勢は今に活きていると感じます。
――今のお話を伺っていると、山田さんは表面的な現象ではなく、その裏にある構造や本質を見ているように感じます。そうした視点は、YOAKEの取り組みにどう反映されているのでしょうか。
山田: それでいうと、自社ブランドがいい例だと思います。今から4年ほど前に「YOAKE PRODUCTS」というブランドを立ち上げ、完全防水靴下をつくったんですよ。きっかけは「本当にお客さまのことを理解できていると言えるのか?」という自問自答でした。
自社商品を持つことができる環境があるのに、一歩を踏み出せていない状況はまずいな、と。Who・WhatのブランディングからHowの販売まで、自分たちの手で泥臭く取り組むことで、お客さまが日々向き合っている葛藤や喜びを分かち合えると思いました。もし売れなかったら、これ以上なくダサいですけどね(笑)。
はじめの一歩ということもあり、僕自身がペルソナになれる商品にしました。価格は1足6,000円〜7,000円。靴下としては決して安くありません。周囲からは「そんな高い靴下が売れるわけがない」と冷ややかに言われることもありましたが、実際にはあるテレビ番組でタレントの方がYOAKE PRODUCTSの商品を紹介してくださり、月数百足を売り上げるなど、一定の成果を得ることができました。
これからも安住せず、こうした「手触りのある挑戦」を続けていきたいですね。ある意味、これも寄り道かもしれませんが(笑)。
誰もが安心して次の一歩を踏み出せる世界を作りたい
――自分たちでもプロダクトをつくり、売るところまで実践しているからこそ、YOAKEが目指したい価値や社会への向き合い方も、より明確になっているのかもしれませんね。そうした考え方は、YOAKEのパーパスである「誰もが安心して次の一歩を踏み出せる世界を作る」という言葉にもつながっているのでしょうか。
山田: そうですね。このパーパスが生まれる決定的なきっかけは、僕自身に子どもが生まれたことでした。
子どもが大人になったとき、自分や家族だけがお金を持っていて豊かでも、周りの環境や社会全体が不安定だとしたら、本当の意味で幸せとは言えない気がして。自分たちに関わる人たちや社会全体が少しずつでも前に進める状態をつくることに意味があるんじゃないか、と。
その中で強く感じているのは、人が心理的に安定した状態で挑戦の一歩を踏み出すには、お金が必要だということ。安心して挑戦できる状態をつくるうえでは、間違いなく重要です。だからこそ、僕たちを信頼してくださるお客さまはもちろん、従業員を含めたステークホルダーに対しても、きちんと金銭的な豊かさを届けられる存在でありたいと考えています。
ただ、その一方で、社内に対して伝えたいのは、これは単なる優しさではないということです。自由を手にし、豊かさを得るためには、それに見合う責任も伴います。安心して次の一歩を踏み出せる世界をつくるというのは、甘やかすことではなく、一人ひとりが責任を持って挑戦できる土台を整えることだと思っています。
――自分で考え、責任を持って一歩を踏み出すことの大切さを感じました。最後に、この記事を読んでいる皆さんへメッセージをお願いします。
山田:少しでも何かをやってみたいと思うなら、まずは一歩踏み出してほしいですね。やるのが怖いなら、無理にやる必要はない。でも、やらない理由ばかりを探して、自分の可能性にフタをしてしまうのはすごくもったいないです。
僕自身、振り返ってみると寄り道ばかりの人生でしたが、それが今の自分の視点や強みにつながっています。どんな経験も、自分の糧にしていくことが大切なんだと思います。
自ら意志を持ち、寄り道を恐れずに進んでいく。その先に、それぞれの新しい景色があるのではないでしょうか。
明日へのTips
山田さんの歩みから学ぶ、明日へのちょっとしたヒント。
- 1.
当たり前を疑い、物事の背景を辿る
- 2.
自分だけの実験場を耕し、好奇心を育てる
- 3.
当事者としての泥臭さを忘れない







