公開日:2026.09.04

最終更新日:2026.09.04

ないなら作ればいい。技術以外でもチームの架け橋になる

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コンテンツライター
R.M

本連載『キャリアの寄り道』では、株式会社YOAKEのメンバーが歩んできた道のりを辿り、その時々の心の内にある葛藤や変化を丁寧に紐解いていきます。

第6回となる今回は、YOAKEでエンジニアとしてWebサイトの構築やサーバー設計・構築、システムの保守運用を支える渡邉剛之さんに話を伺いました。

高校時代に出会ったパソコンの画面の向こうに魅了され、独学でコードを書き始めたことで切り拓いたエンジニアの道。ソフトウェア開発会社からWeb制作へ、そして一人で責任を負うプレッシャーと戦ったフリーランス時代。数々の挑戦と迷いを重ねてきた彼がなぜ、再び組織を選び、仲間とともに企業を支援することに向き合っているのか。その理由と背景に迫ります。

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目次

遊ぶ側から、つくる側へ。独学でプログラミングにのめり込み、エンジニアへの道を切り拓いた

――プログラミングに興味を持った原点を辿ると、高校時代まで遡るそうですね。当時はどのようなきっかけでパソコンに触れ始めたのでしょうか?

渡邉:高校生の頃、家にパソコンが届いたのがすべての始まりでした。両親が仕事で使うために買ったものでしたが、自分も触らせてもらっていました。我が家には当時、スーパーファミコンやプレイステーションのようなゲーム機がなかったんです。パソコンでもゲームができると気づいてから、一気に引き込まれていきました。

――当時はどんなゲームに夢中になっていたのですか?

渡邉:プレイヤーがイチから街をつくっていく『シムシティ』や、戦国時代の武将になって天下統一を目指す『信長の野望』のような、シミュレーションゲームにハマっていましたね。そうやってパソコンで遊んでいるうちに、インターネット上で個人が作ったフリーソフトのゲームをたくさん見つけたんです。そこには「このツールを使って作りました」といった説明が書かれていて、自分でもパソコン上でゲームが作れる可能性に気づいたのが、プログラミングに興味を持ったきっかけでした。

――誰かに教わるのではなく、自力で調べながら作り始めたのでしょうか?

渡邉:そうですね。個人のホームページやブログを手がかりに独学で組み立てていきました。自分で書いたコード通りに画面の中のものが動く感覚が、とにかく面白かった。当時はITという言葉が出始めたばかりでしたが、迷うことなく「パソコン関係の仕事に就きたい」と考えて情報工学科へ進み、エンジニアへの道を歩み始めました。

自分の力で挑みたいという挑戦心と、組織を離れて見えた景色

――情報工学科を卒業された後、ソフトウェア制作会社を選ばれたそうですね。当時はどのようなお仕事をされていたのですか?

渡邉:企業向けの給与計算ソフトや、バックオフィスで使われるような業務用の大型システムソフトの開発に携わっていました。堅実で責任の大きなシステム開発が求められる現場で、プログラミングの基礎やロジックの組み方を叩き込まれた期間だったと感じています。

――そこから、Web制作会社へと転職されていますよね。その背景にはどのような思いがあったのでしょうか?

渡邉:実は、高校生の頃から個人でWebサイトを作ったり、学生時代にWeb制作会社でアルバイトをさせてもらったりしていた経験があったんです。業務用の大型ソフトウェア開発も貴重な経験でしたが、自分にとってはWebサイトの構築も身近な領域だったので、スキルの幅を広げるにはぴったりだと思いました。自分自身のキャリアの軸をガチガチに固めるというよりは、そのときどきで「挑戦してみたい」と思える環境を素直に選んできた感覚に近いですね。

――その後、なぜ独立という道を選ばれたのでしょうか?

渡邉:一番の動機は、イチから自分の好きなように構築してみたいという想いでした。組織の中にいるとどうしても決まった枠組みがありますが、個人であれば自分のペースで、内容も判断も、すべて自分自身で責任を持って進められる。自分の力でどこまでできるかを試してみたい、という挑戦心から独立を選びました。

自分の好きなように作れる自由さがある反面、やっぱり大変な部分もたくさんあります。一番大きかったのは、何かトラブルが起きたり、どうしても分からない技術面で壁にぶつかったりしたときに、助けてくれる人が誰もいないことです。当たり前ですが、すべて自力で原因を調べ、自力で解決しなければいけない。できなかったときにどうにもならないというプレッシャーは、思っていた以上に大きかったですね。

実際に会って話すことで仕事も、人も、信頼も変わった

――そんなフリーランス時代に、業務委託という形で株式会社YOAKEとのお仕事が始まったそうですね。最初の頃のYOAKEに対する印象はいかがでしたか?

渡邉:YOAKEとは1年以上、業務委託のエンジニアとして継続してお仕事をさせていただいていました。それまでお付き合いのあった会社の中には、稼働時間を管理するような監視体制だったんです。でもYOAKEはまったくそんなことがなくて、しっかりと任せてくれて。すごく働きやすいし、信頼してくださっているのが伝わってきて嬉しかったです。

――信頼関係がありつつも、最初は少し壁を感じる部分もあったとお聞きしました。

渡邉:そうなんです(笑)。当時は完全にオンラインだけのやり取りでしたし、会社のオフィスがある下北沢に対してちょっとした警戒心を抱いていたんですよね。画面の向こうにいる人たちがどういう人たちなのか、リアルな姿が見えていなかったこともあって、最初は少し距離を置いてしまっていました。

――そんな中、正社員として組織の一員になることを決めた決定的なターニングポイントは何だったのでしょうか?

渡邉:月に1回開催されている、YOAKEの交流会に勇気を振り絞って参加してみたことでした。実際に行ってみたら、メンバーみんながすごくフレンドリーで温かく受け入れてくれたんです。たしかカードゲームの「はぁって言うゲーム」をやったのですが、それがめちゃくちゃ盛り上がったんです。一人で黙々と作業していた日々から一転して、温かさ、心地よさを感じました。2025年5月、YOAKEの正社員として覚悟を持って参画することを決めました。

先輩の言葉を胸に「ないなら作ればいい」というスタンスでチームの課題を解決していく

――渡邉さんがエンジニアとして仕事に向き合う上で、根底にある軸や大切にされている教えがあれば教えてください。

渡邉:1社目のソフトウェア会社にいた頃、尊敬する先輩から言われた「ITやエンジニアの強みは、何でも自分の手で作れてしまうことなんだよ」という言葉が、今でもずっと心に残っています。「これが足りない」「これがないからできない」と嘆くのではなく、ないなら自分たちで作ればいいじゃん、という(笑)。仕組みやツールを自らの手で生み出して問題を解決していくそのマインドは、今の自分のエンジニアとしてのスタンスの根幹になっていますね。

――渡邉さんは、サーバー移転やドメイン移管、WordPressのプラグインのカスタマイズなど、多くの人が少し足踏みしてしまうような神経を使う作業も得意とされていますよね。

渡邉:サーバーやドメイン周りの設定って、専門知識がない人や慣れていないエンジニアにとっては構造が分かりにくく、失敗するのが怖い領域だと思うんです。難しい部分だからこそ、これまでの知識と経験を活かしてしっかり構築したいです。トラブルなく安全に移行や実装ができたときに、チームやクライアントから「助かりました」「ありがとう」と嬉しい言葉をいただき、誰かの力になれているという実感が湧くと、やりがいに繋がります。

――実務の中では、仕様変更や急な修正依頼などで納期が逼迫するような、大変な場面にぶつかることもあるかと思います。そうしたとき、渡邉さんはどのように対応されているのですか?

渡邉:自分でコントロールできない外の事象ですからね。そういったものに対して感情を乱すのではなく、置かれた状況を受け入れた上で「じゃあ今、自分にできる最善の対応は何か」を考えて動くように心がけています。

ディレクターをはじめとする社内メンバーは、必ずしもエンジニアリングの深い技術仕様まで把握しているわけではありません。むしろ把握している人の方が少ないと思います。案件が進む中で、エンジニアの側から「ここをこうしておいた方がいいですよ」「こうするともっとスムーズになりそうです」と積極的に声をかけていくことが双方にとって大切だなと思っています。プロジェクト全体が円滑に回るように、技術の架け橋となるようなコミュニケーションができるといいですよね。

――再び組織で働くようになって実感していることは何ですか?

渡邉:組織の最大の強みは、仕組みと人の力で問題を解決できることだと痛感しています。一人だと抱え込んでしまいそうな場面でも、YOAKEにはお互いを対等なパートナーとしてリスペクトし合えるフラットな関係性があります。ピラミッド型の堅苦しい階層などはなく、Slackのハドル機能を使ってすぐに相談できる風通しの良さがある。個人のスキルだけに頼るのではなく、仕組みとチームプレイでミスを防ぎ、より良いものを作っていける環境があるのは、一人では決して得られない安心感ですね。

変化の絶えない時代だからこそ、そのときどきで「自分が一番頑張れる」と思える環境を選ぶ

――これからYOAKEの中で、渡邉さんはどのような挑戦をし、どんな存在を目指していきたいですか?

渡邉:エンジニアとしては、システムやWeb構築に関する深い知識と経験をさらに積み重ねて、「渡邉さんに任せておけば絶対に大丈夫だ」と社内外から心から信頼される存在になりたいです。そしてもう一つ、先輩から教わった「ないものは作ればいい」という精神で、YOAKEで働くメンバーの日常業務が少しでもラクになったり、作業がスムーズになったりするような便利なツールや仕組みを自分の手でどんどん開発していきたいと思っています。エンジニアとしての技術を使って、一緒に働く仲間たちの足場を整えていくことが、今の私の大きな目標ですね。

――最後に、自分のキャリアの道に迷っていたり、遠回りをしているのではないかと不安を抱えている読者へメッセージをお願いします。

渡邉:今の世の中は本当に変化が激しくて、数年先のことすら誰も予測できない時代です。だから、自分のキャリアの道に迷ったり悩んだりするのは、ごくごく当然のことだと思うんですよね。

私自身、決して綺麗な一本道をまっすぐ歩んできたわけではありません。ソフトウェア開発からWebへ移り、フリーランスになってまた組織に戻ってくるという寄り道を重ねてきました。でも、そのときどきで「自分が一番頑張れる」と思える環境を真摯に選択し、目の前の仕事に向き合うことで、過去の経験すべてが今の自分を支える独自の強みへと変わっていきました。

最初から完璧な答えを求めなくても大丈夫です。悩みながらでもいいから、前を向いて一歩を踏み出せる人と一緒にYOAKEで面白い挑戦をしていけたら嬉しいですね。

明日へのTips

渡邉さんの歩みから学ぶ、明日へのちょっとしたヒント。

  • 1.

    「ない」と嘆くのではなく、自らの手で作る視点を持つ 

    • 2.

      勝手な先入観を捨てて、一度その場の輪の中に飛び込んでみる 

      • 3.

        予期せぬ変化も、相手の事情として柔軟にしなやかに受け止める

        コンテンツライター
        R.M
        愛知県名古屋市出身、東京都在住。紙・Web問わず“人”にフォーカスした取材記事を中心に執筆。耳のお供はポッドキャスト。本とコーヒーと、ギャラリーがあれば、どこでも生きていけそうです。
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