公開日:2026.06.10

最終更新日:2026.06.11

3DCGへの挑戦を力に変えて。エンジニア兼マネージャーとして確かな足場を作る

  • other
  • YOAKE
コンテンツライター
R.M

帰り道、ふといつもと違う角を曲がってみる。見慣れたはずの街並みが、光の当たり方ひとつで全く違う表情を見せることに驚く。そんな「寄り道」のような経験を、私たちは日々の忙しさのなかで忘れかけてはいないでしょうか。
本連載『キャリアの寄り道』では、YOAKEメンバーのキャリアの変遷を辿り、その時々の心の内にある葛藤を丁寧に紐解いていきます。第2回となる今回は、YOAKEのエンジニアであり、マネージャーとしてチームを支える矢作雄一さんに話を伺いました。
子どもの頃からパソコンに触れ、デジタルの世界で「正解」を導き出すことに長けていた矢作さんですが、その道中には、自分なりの納得感を求めて模索した時間がありました。そんな彼が辿り着いた「誰かのための足場を作る」という今の在り方に込められた想いを聞きました。

Web・マーケティング・広告のご相談はYOAKEへ

お悩みを最初にご相談いただけるパートナーとして、YOAKEは御社の事業成長に共に向き合います。

目次

デジタルの世界が、表現することの自由を教えてくれた

――矢作さんのキャリアの原点を辿ると、かなり早い段階からデジタル領域に親しみがあったようですね。どういう時にパソコンを使っていたのでしょうか?

矢作: 実家にパソコンがあったので、小学生の頃、調べものをする時によく触っていました。

ちょうどその時期、「Flash(フラッシュ)」という、誰でも簡単に絵やアニメーションを動かせる技術が流行っていて。パスで描かれたキャラクターが、滑らかに、時にコミカルに動き出す。掲示板やチャットルームには、個人が作ったアニメーションやゲームが溢れていました。たった一人でこれほど自由に面白いものを作れるのか、と衝撃を受けましたね。世界中に驚きを届けるクリエイターたちの姿が、とにかくカッコよく見えたんです。

自分も、この画面のなかで何かを作り出したい。漠然とした憧れが、私のすべての始まりでした。誰かに教わるのではなく、自力で情報を集めたり、掲示板でやり取りをしたり、自分の知らない世界が少しずつ広がっていくのが、純粋に楽しかったです。

――その憧れを胸に、進路としてはどのような道を選ばれたのでしょうか?

矢作: デジタルコンテンツの制作に強い高校に進学しました。授業でプログラミングに初めて触れたとき、周りの友人が暗号のような構文に苦戦しているなかで、自分にとっては驚くほどすんなりと馴染む感覚があったんです。

図形を描くプログラムを組んだり、簡単なスロットゲームのロジックを考えたり。課題を出されると、頭のなかでパズルが組み上がるように答えが見えてくる。プログラミングには、必ず「正解」があります。論理を正しく積み上げれば、コンピュータは必ず期待通りに応えてくれる。その明快さに、私は自分の居場所を見つけたような気がしたんです。

「自分はこれが向いているのかもしれない」という手応えが、将来の仕事を意識し始めるきっかけになりました。さらに高度な表現を学ぶために、デジタルハリウッド大学への進学を決めました。

憧れだった3DCGの世界に立ちはだかった「感性の壁」

――大学では、具体的にどのようなことを専攻されたのでしょうか?

矢作:3DCGを専攻しましたが、そこで待っていたのは、論理だけではどうしても超えられない「感性の壁」でした。

大学には、圧倒的な芸術センスを持った人間がたくさんいたんです。彼らが作るものは、技術云々の前に、一目見ただけで心を動かす「何か」がありました。一方で私は、家具をモデリングしたり、緻密な構造を作ったりするのは誰よりも早いのですが、「何分以内で自由なアニメーションを作ってください」といった、正解のない課題を出された瞬間、手が止まってしまうんです。

どれだけコードを完璧に書いても、どれだけ計算通りにモデルを動かしても、そこに「魂」が宿らない。自分のなかに、アートとしての表現力やセンスが決定的に欠けていることを、日々突きつけられました。

――どのようにして次の一歩を踏み出したのでしょうか?

矢作:今思えば、あの場所は私にとって「夢を諦めるための数年間」だったのかもしれません。ただ、そんななかでも私を必要としてくれる友人がいて、「ウェブサイトを作ってほしい」という依頼を受けたんです。

3DCGでは正解のない表現の壁にぶつかっていましたが、ウェブサイトという枠組みであれば、私の得意な論理と構築が最大限に活かせます。いかに使いやすく、いかに正しく動く仕組みを作るか。依頼を形にしていくうちに、実績が積み重なり、周囲から重宝されるという実感が持てるようになりました。

自分は表現者にはなれないかもしれない。でも、仕組みを作るプロフェッショナルにはなれる。そう自分に言い聞かせ、プログラマーとしての道を歩み始めました。あの3DCGへの挑戦は、自分の得意と不得意を見つめ直す時間であり、今の私を形作る大切な「寄り道」だったと確信しています。

自分なりの「正解」を求めて、試行錯誤を繰り返した日々

――新卒で入社された制作会社では、YOAKEの代表取締役CEOである山田翔大さんと働いていらっしゃったそうですね。

矢作:そうなんです。最初はアルバイトとして入り、そこから2、3年はコーディングに没頭しました。そこからシステムチームへ異動し、管理画面の開発など、複数の領域へと足を踏み入れていきました。

当時は、とにかく「技術を磨くこと」がすべてでした。自分が書いたコードがそのまま形になり、世界中に公開される。その手応えは、ほかでは味わえないほど大きな喜びでした。ですが、会社の状況や自分の立場が変化していくなかで、少しずつ空気が変わっていったんです。

課題に直面しても、相談できる相手がいない。新しい技術への挑戦も、もし失敗すればすべて自分ひとりの責任になる。当時の環境というより、自分の性格と仕事の進め方の相性が、徐々に重く感じられていったんだと思います。そんな「責任が分散できない」という重圧は、自由なはずのデジタルの世界にいながら、どこか狭い檻の中に閉じ込められているような感覚でした。

でも、その時期を経験したからこそ、気づけたことがあります。人は一人では限界があること、そして、挑戦するためには「ここまでは自分が責任を持つから、思い切りやっていいよ」と言ってくれる、安心できる土台が必要だということです。

当時の私には、その「足場」が足りなかったのかもしれません。だからこそ、マネージャーとなった今、何よりも大切にしたいことがあります。それは、メンバーに自分と同じ思いをさせないことです。一人ひとりの市場価値を上げ、後々「この組織にいてよかった」と思ってもらいたい。かつての自分が心の中でそっと求めていた安心できる環境が、現在のマネジメントの原点にあるようにも思えます。

「人のために価値を出す」という本質を捉えるように

――YOAKEへの参画にあたって、山田さんからはどのような言葉で声をかけられたのでしょうか?

矢作:山田さんから「売れる仕組みを作るための、新しいBIツールを作りたい。一緒にやらないか」と声をかけてもらい、夢があるなあと思いました。Web制作の現場で培った技術を、より本質的なビジネスの課題解決に活かせる場所だ、と。

実際にYOAKEで働き始めてみると、求められるのはエンジニアリングのスキルだけではありませんでした。メンバーのマネジメント、顧客へのアドバイス、組織の文化づくり。気づけば、コードを書く時間と同じくらい、人と向き合う時間が増えていました。

以前の私なら、「自分はエンジニアなんだから、作ることに集中させてほしい」と反発していたかもしれません。でも、今は違います。肩書きに囚われなくてもいい。大切なのは「誰かのために、どう価値を出すか」という一点に尽きると思うようになりました。

――それは、多くの寄り道を経て、今の自分を肯定できるようになったからこそ、辿り着けた答えなのでしょうか?

矢作:そうかもしれませんね。YOAKEには、ディレクターがエンジニアの視点を学ぼうとしたり、デザイナーがマーケティングを勉強したりする、自分の領域外のことを学ぶ文化があります。どれも山田さんが作り上げてきたものですが、私もその一部でありたいと強く思っています。

生産性を上げること。AIを駆使して業務を効率化すること。それらはすべて手段でしかありません。その先にあるのは、メンバーが安心して新しい技術を試し、失敗を恐れずに一歩を踏み出せる環境を作ることです。私がかつて欲しかった「相談できる誰か」に、今の私自身がなれるように。

技術は日々進化し、トレンドも激しく入れ替わります。その変化の荒波のなかで、変わらない価値を提供し続けるためには、一人ひとりが自律し、責任を持って楽しむことが不可欠です。私の役割は、そのための確かな「足場」を組み上げることだと思っています。

AIを味方に、共に歩む未来

――今、矢作さんはAIによる生産性向上という大きなテーマに向き合っているように感じます。これからのYOAKE、および矢作さん自身が描く将来像はどのようなものですか?

矢作:ここ数年の課題は、AIをいかに組織の力に変えていけるかだと思っています。AIはもはや単なるツールではなく、私たちの思考や働き方を根本から変えるパートナーです。

ただ、新しい技術を取り入れるのは、口で言うほど簡単ではありません。日々の業務に追われるなかで、最新の情報を追いかけ、それを応用することはなかなか難しい。だからこそ、私がやるべきことは、ケーススタディを拡充し、「こう使えばこんなに楽になるんだ」という具体的な道筋を示すことです。

AIを使いこなすことで生まれた余白で、私たちはもっと人間にしかできない、もっと「手触りのある」仕事に向き合えるようになると思います。

――最後に、キャリアで迷っている人、あるいは自分の選んだ道が「遠回り」ではないかと不安に思っている方へ、メッセージをいただけますか?

矢作:もし何かをやってみたいと思うなら、まずは自分の中で小さくできることを試してみてほしいです。やってみて、もし自分に合わないと思ったら、また違う道を選べばいい。私自身、3DCGの夢に破れたことも、試行錯誤を繰り返した時期もありました。でも、それらの寄り道がなければ、今の私のマネジメントスタイルや、エンジニアとしての視点は生まれていませんでした。

「エンジニアだから」と、自分の役割に自ら境界線を引いてしまわずに、目の前の相手に喜んでもらえる価値を愚直に追い求め続ける。そうすればキャリアが停滞することも、同じ毎日を繰り返すこともありません。自分の枠を少しずつ広げながら進む先にこそ、想像もしなかった新しい挑戦や、次に進むべき面白い道が自然とひらかれていくはずです。

明日へのTips

矢作さんの歩みから学ぶ、明日へのちょっとしたヒント。

  • 1.

    正解のない問いに立ち止まる勇気を持つ

    • 2.

      相談できる自分、相談される環境を作る

      • 3.

        肩書きに囚われず、目的を見つめる

        コンテンツライター
        R.M
        愛知県名古屋市出身、東京都在住。紙・Web問わず“人”にフォーカスした取材記事を中心に執筆。耳のお供はポッドキャスト。本とコーヒーと、ギャラリーがあれば、どこでも生きていけそうです。
        こちらの執筆者の記事一覧